童話『桃太郎』の元ネタ
日本人なら誰もが知っている『桃太郎』の童話ですが…『桃太郎』の元ネタ見つけました!
北は青森県から南は鹿児島県まで日本の各地には、童話『桃太郎』をモデルにした伝承が残っています。『桃太郎』とは、桃の中から生まれた桃太郎が、イヌ、サル、キジと一緒に鬼ヶ島の鬼を退治するという物語ですが、特に、岡山県、香川県、愛知県が『桃太郎』の三大伝承地として有名です。
日本各地に伝わる『桃太郎』の物語は、大和政権(7世紀頃までの朝廷の呼び方)による日本統一の戦いと深く関係しているようです。
以下は、『桃太郎』のもっともポピュラーなあらすじです。
昔話『桃太郎』のあらすじ
むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お婆さんが川で洗濯していると、川上からどんぶらこ、どんぶらこと、大きな桃が流れてきました。
お婆さんは桃を家に持ち帰って山から帰ったお爺さんと一緒に食べようとすると、桃が二つに割れて、桃の中から元気な男の子が出てきました。
子供がいなかったお爺さんとお婆さんはとても喜んで、桃から生まれた男の子に桃太郎と名付けて大事に育てました。
大きくなった桃太郎は鬼ヶ島へ鬼退治に行くことになって、お婆さんはきび団子を作って持たせてくれました。道中、イヌ・サル・キジが現れてきび団子を欲しがります。桃太郎はイヌ・サル・キジにきび団子を分け与えて一緒に鬼ヶ島へ向かいました。
鬼ヶ島では鬼たちが酒盛りの真っ最中で、そこへイヌは鬼を噛みつき、サルは鬼を引っ掻き、キジは鬼を突っついて、桃太郎たちは鬼たちを退治しました。そして、鬼たちが悪いことをして集めた宝物を荷車に積み込んで村へ持ち帰りました。めでたし、めでたし。
昔話『桃太郎』の原話「温羅伝説」
童話『桃太郎』は、吉備津彦命(きびつひこのみこと)の『温羅(うら)伝説』という岡山県に伝わる日本神話が原話になっているといわれています。『古事記』や『日本書紀』によると、吉備津彦命は第7代孝霊天皇(こうれいてんのう)の皇子の一人で、大和政権から派遣された吉備津彦命が吉備国(現在の岡山県と広島県東部付近を支配していた古代豪族の地域)を支配していた温羅を討伐するという内容です。伝承では温羅は渡来人で、身長が4mもあった大男だったといわれています。
岡山県の吉備津神社
温羅を討伐するために吉備津彦命が陣を構えたところが岡山県岡山市の「吉備津神社」です。吉備津彦命が祀られています。境内には吉備津彦命と温羅との戦いで吉備津彦命が矢を置いたといわれる岩(「矢置岩」)が残っています。毎年1月3日、悪鬼を祓うために天高く矢を放つ神事が「矢置岩」の前で行われます。
岡山県の鬼ノ城
吉備津神社から北西へ8km先の鬼城山(きのじょうざん)に「日本100名城」のひとつ、「鬼ノ城(きのじょう)」と呼ばれる山城があります。7世紀の中ごろ、唐(中国にあった古代国家)や新羅(朝鮮半島にあった古代国家)の日本侵攻を恐れた大和政権が築城したと考えられていて、古代では温羅の居城だったいう伝承も残っています。
香川県女木島の鬼ヶ島大洞窟
瀬戸内海を挟んだ岡山県の対岸、香川県の『桃太郎』は、兄の吉備津彦命と一緒に吉備国を平定した稚武彦命(わかたけひこのみこと)が、瀬戸内海を荒らしていた海賊を退治したという伝承と結びついて残っています。香川県の女木島は「鬼ヶ島」と呼ばれていて、島内には鬼が棲んでいたといわれる大きな洞窟(鬼ヶ島大洞窟)があります。
香川県高松市には鬼退治によって鬼がいなくなったという「鬼無(きなし)」と呼ばれる地名が残っています。
岐阜県に伝わる鬼ヶ島
愛知県と岐阜県の木曽川中流域に伝わる『桃太郎』は、桃太郎は愛知県犬山市で育ち、岐阜県の「可児川(かにがわ)」(木曽川の支流)の中には「鬼ヶ島」と呼ばれる島があって、この島に棲んでいた鬼を退治したといわれています。可児川の鬼は山賊だったといわれています。
愛知県の桃太郎神社
愛知県犬山市にある「桃太郎神社」の境内には、桃太郎にまつわるシュールなモニュメントがたくさん展示されています。
吉備津神社までのアクセス
JR新大阪駅からJR岡山駅まで山陽新幹線で約1時間。JR岡山駅でJR吉備線に乗り換え、JR岡山駅からJR吉備津駅まで約15分。JR吉備津駅下車、吉備津駅まで徒歩約10分。
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