会津田島祇園祭
福島県にも祇園祭があるんだよ!朝から花嫁行列を見て、夜は屋台運行を見て、その間は子供歌舞伎を見て、会津の祇園祭は一日中楽しめる!
毎年7月22日から25日の3日間、福島県南会津町の田島地区で「会津田島祇園祭」が催されます。会津田島祇園祭は、「京都祇園祭」「博多祇園山笠」と並ぶ、日本三大祇園祭のひとつで、800年以上の伝統を持つことから国の重要無形民俗文化財にも指定されています。
見どころは23日の早朝に行われる「七行器(ななほかい)行列」で、華やかな花嫁衣裳を身に包んだ女性たちが町の中を練り歩く光景は「日本一の花嫁行列」と呼ばれていて、沿道にはたくさんのカメラマンや観光客が詰めかけて賑わっています。昔は未婚男性の花嫁探しの場と言われていました。
昔の日本では、疫病が発生する原因は怨霊の祟りといわれていて、疫病を抑えるには祟りを和らげなければならないと考えられていました。
12世紀の末頃、時の領主・長沼宗政が疫病神とされる牛頭天王(ごずてんのう)を信仰したのが会津田島祇園祭の始まりで、酷暑の夏に疫病が流行しないように牛頭天王に楽しんでもらうための祭りです。ちなみに牛頭天王は、牛の頭に体は人間の姿をした仏教の神様で、馬の頭に体は人間の姿をした馬頭天王(めずてんのう)と共に冥界の主である閻魔大王の従者となっています。
また、天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟神である須佐之男命(すさのおのみこと)も疫病神の一面を持っているので、牛頭天王と須佐之男命は同一視されています。
23日早朝、神様にお供え物をするために7つある「行器(ほかい)」という容器に酒、赤飯、鯖を入れて、約30名の花嫁衣装を着た独身の女性たちが神社まで練り歩きます。
22日と23日の2日間、大屋台の上で子供たちによる歌舞伎が上演されます。屋台歌舞伎は、江戸時代から子供たちによって演じられていましたが、明治時代の初めごろ「教育的に好ましくない」という理由から、子供たちによる上演は一旦途絶えました。平成時代になって子供歌舞伎を復活させようという機運が高まり、1994年、およそ110年ぶりに子供歌舞伎が復活しました。
祇園祭で運行される大屋台は全部で4台あって、祭りが終わると格納庫に収納されています。4月から10月までの毎月第3日曜日に一般公開されています。
祇園祭の最終日の午後、神社の神楽殿で台詞が一切ない終始無言の「太々御神楽(だいだいおかぐら)」が奉納されます。「天地開闢」「鎮悪神」「岩戸開き」「浦安の舞」など、13段の舞があります。
会津田島までのアクセス
JR東京駅からJR上野駅までJR京浜東北線で約10分。JR上野駅で常磐線(快速)に乗り換えてJR北千住駅まで約10分。JR北千住駅で東武北千住駅に乗り換え、東武北千住駅から会津鉄道会津田島駅まで特急リバティ会津号で約3時間。会津田島駅下車。
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