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秋田県湯沢市は「世界三大美女」のひとり小野小町の故郷です。小野小町と深草少将の悲しい伝説をまとめてみた。

小野小町的故鄉——秋田縣湯澤市。我總結了一下小野小町和深草少將的悲傷傳說。

2021/02/07

 

據說秋田縣湯澤市的雄勝地區是平安時代前期(9世紀)女歌人小野小町的誕生地和安度晚年之地。13號國道上能看到的朱紅色建築就是為了紀念小野小町而建立的小町堂。據說深草少將送給小野小町的芍藥就種在了這裡,所以這裡以前也被稱為“芍藥塚”。現在以小町堂為中心還留有許多與小野小町有關的地方。

小野小町は、(日本では)エジプトのクレオパトラ、中国の楊貴妃と並んで「世界三大美女」のひとりとされています。平安時代前期(9世紀中頃)、和歌を集めた『古今和歌集』の六歌仙(6人の歌人)のひとりです。

在日本,小野小町與埃及豔后、中國楊貴妃並稱“世界三大美女”。她也是平安時代前期(9世紀中葉)集和歌大成的《古今和歌集》的6歌仙(6位歌人)之一。

小野小町の有名な和歌「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに」は、花の色が褪せていくように自分自身も年老いていくことへの儚さを詠んだ和歌で、百人一首にも収録されています。

小野小町的知名和歌“花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに(譯:花色終移易,衰顏代盛顏。此身徒涉世,光景指彈間)”就是在感歎自己就像是花色褪盡一樣年華老去,令人唏噓。這首和歌也被收錄進了和歌集《百人一首》。

小野小町の出生については日本各地に伝承されていますが、秋田県湯沢市が特に有力とされています。秋田県の雄勝(おがち)の伝承によれば、小町は13歳まで雄勝で過ごし、約20年間宮中で仕えて、36歳の時に再び雄勝へ戻って来たと伝えられています。

雖然日本各地都流傳著自己是小野小町出生地的說法,但其中秋田縣湯澤市被認為是最有可信度的出生地。根據秋田縣雄勝地區的傳說,小町一直在雄勝生活至13歲,然後在宮中工作了約20年時間,最後在36歲時重新返回到了雄勝。

「桐木田(きりきだ)の井戸」は、小町が産湯に使った井戸と伝えられていて、平安時代初期に都を中心に見られた井戸と同じ方法で創掘されたものと実際に鑑定されています。

據說“桐木田井戶(水井)”就是小町剛出生後洗澡所用的水井。經過實際鑒定,該水井的挖掘方法與平安時代初期皇都周圍的水井相同。

小野小町の有名なエピソードとして、深草少将の「百夜通い」があります。深草少将は六歌仙のひとりと伝えられていて、雄勝の伝承によれば、小町に想いを寄せていた少将は、京都から雄勝まで追い駆けて来て、老女に恋文を託して、小町の返事を待っていました。その場所が「御返事(おっぺじ)橋」と伝えられています。

深草少將的“百夜通”是小野小町相關的知名軼事。深草少將是6歌仙之一,根據雄勝的傳說,思慕小町的深草少將從京都追到了雄勝,並讓侍女長轉交情書,等待小町的回復(日文寫作“返事”)。那個地方就是“御返事橋”。

しかし、小町に会うことはできず、小町からの返事は「亡き母が好きだった芍薬を毎日一株ずつ百夜続けて植えてほしい」という内容でした。こうして少将の「百夜通い」がはじまります。少将が毎日一株ずつ芍薬を植えた場所が「芍薬塚」(小町堂)と伝えられています。

但是,少將沒有等來小町,等來的只是一封寫有“希望你連續一百晚每天種下一株亡母喜歡的芍藥”內容的回信。因此就有了少將“百夜通”的故事。少將每天種下一株芍藥的地方就被稱為了“芍藥塚”(小町堂)。

小町が少将と会わなかった理由は、小町が皮膚病(疱瘡)を患っていて、百夜のうちに病気が治るようにと、磯前神社の境内に湧いていた霊泉(「小町泉」と呼ばれていました)で顔を洗っていたと伝えられています。

據說小町之所以沒有見少將是因為她患上了皮膚病(痘瘡)。她心裡暗暗祈禱自己的病能在一百天裡康復,所以每天都用磯前神社境內湧出的靈泉(曾被稱為“小町泉”)泉水洗臉。

少将は芍薬を持って九十九夜通い続けますが、百夜目に森子川の氾濫で流されて亡くなります。

少將拿著芍藥連續去了99個夜晚。但是在第100天晚上被森子川氾濫的洪水吞沒了。

小町は、少将の亡骸を森子山に葬ったと伝えられ、自分も死んだ時は、隣に葬ってほしいと遺言したと伝えられています。森子山は現在「二ツ森」と言われ、男森が少将の墳墓、女森が小町の墳墓と伝えられています。

據說小町將少將的遺骸葬到了森子山,還留下遺言說希望自己死後葬在少將旁邊。森子山上有被稱為“二森”的地方,其中男森就是少將的墳墓,女森就是小町的墳墓。

少将の死を悲しんだ小町は、晩年は俗世間を離れて、雄物川の上流にある岩屋堂と呼ばれる洞穴で香を焚き、自像を彫って92歳まで暮らしていたと伝えられています。

對少將之死感到悲痛萬分的小町晚年遠離塵世,搬去了位於雄物川上游的一個被叫做岩屋堂的洞穴,並在那裡焚香雕刻自己的雕像,一直活到了92歲。

芍薬の花が香る毎年6月第2日曜日に開催される「小町まつり」では、市内外から選ばれた七人の小町娘が市女笠(いちめがさ)姿で登場して、小野小町が詠んだ七首の和歌を朗詠して小町堂に奉納されます。

每年芍藥花開的6月第2個星期日都會舉行“小町祭”活動。在該活動中,從市內外選拔而來的7位小町姑娘會戴上一種叫市女笠的斗笠,並朗誦小野小町所作的7首和歌,以此歌聲來供奉給小町堂。

 

這篇文章的作者

どもども

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