笹山遺跡と十日町市博物館(火焔型土器・縄文雪炎)
「なんだ、コレは!」と岡本太郎画伯も初めて見てクリビツ!新潟県十日町から発掘された縄文時代のアバンギャルドな縄文土器を紹介するよ!
新潟県を流れる信濃川流域(長岡市や十日町市、津南町周辺)には、今からおよそ5000年前から4500年前の縄文時代中期の遺跡がたくさん見つかっています。新潟県で出土した縄文土器といえば、日本人の誰もが小学校の教科書で見たことがある「火焔型土器」が有名ですが、初めて発掘されたのが1936年、長岡市(新潟県)の馬高遺跡からでした。燃え上がる炎を象ったかのような形状をしているので、火焔型土器と名付けられました。その後、信濃川流域の多くの遺跡から共通の形やデザインを持つ土器がたくさん見つかり、その中でも十日町市の笹山遺跡から出土した火焔型土器は、1999年に縄文土器としては唯一、国宝に指定されました。火焔型土器は、どのような目的で作られたのか、どのように使われていたのか、はっきり分かっていませんが、おコゲの跡やススの跡が残っている土器もあるので、煮炊きで使われたのではないかと考えられています。
笹山遺跡から出土した火焔型土器14点と王冠型土器3点を含む深鉢型土器57点ほか、土器・土製品72点、石器・石製品791点、ベンガラ塊8点、合計928点が国宝に指定されています。その中でも中心的な火焔土器は「縄文雪炎」(じょうもんゆきほむら)という愛称で呼ばれています。
笹山遺跡から出土した火焔型土器は十日町市博物館で展示されています。十日町市博物館は「雪と織物と信濃川」のテーマで構成された博物館です。
縄文時代の新潟県は山間部を残してほとんどが海の底でした。時代が経つにつれて信濃川の流域には次々と集落が作られ、火焔型土器が生まれました。
また、十日町は、冬になると積雪が2m~3mある日本有数の豪雪地帯です。豪雪に閉ざされる冬の間、農業に従事していた人たちは家の中で機織りをしたので、織物産業が栄えました。重要文化財の「越後縮(えちごちぢみ)の紡織用具」や「積雪期用具」も展示されています。
越後縮(えちごちぢみ)は麻織物の一種で、ヨコ糸に強くねじりをかけて織り上げた独特なシワのある織物です。越後縮は、魚沼地方(十日町市、小千谷市、魚沼市、南魚沼市、津南町、湯沢町、旧川口町)の特産品です。
笹山遺跡は、未発掘の範囲を中心に遺跡広場として利用されています。復元した竪穴住居が2棟あります。毎年初夏に縄文まつりが開催されます。
十日町市博物館までのアクセス
JR東京駅からJR越後湯沢駅まで上越新幹線で約1時間20分。JR越後湯沢駅でJR上越線・北越急行ほくほく線に乗り換えてJR十日町駅まで約30分。十日町駅下車、徒歩約10分。
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