世界遺産の「富岡製糸場」と日曜大工の共通キーワードは何でしょうか?ヒントは「フランス積み」や「イギリス積み」です。
2014年、群馬県富岡市の「富岡製糸場」がユネスコの世界文化遺産に登録されました。江戸時代末、開国直後の日本の重要な輸出品が生糸でした。生糸の品質改善と大量生産を目指して、明治政府よって設立された器械製糸工場が「富岡製糸場」です。当時は世界最大規模の製糸工場でした。
1872年に操業開始。官営から民間へ経営母体も途中何度か変わりましたが、明治、大正、昭和、戦時中も操業しつづけていました。しかし、時代の流れとともに生糸の需要も減少していき1987年に操業停止。115年間の製糸工場の歴史に幕を閉じました。
富岡製糸場に訪れると印象的なのが異国情緒漂うレンガ壁の建物が多いことです。富岡製糸場の主な建物は、木の骨組みにレンガで壁を積み上げる「木骨レンガ造」と呼ばれる西洋建築を取り入れていますが、屋根は日本瓦で葺くなど、日本の技術と西洋の技術が持ち合わさっています。フランス人の技術者からレンガの造り方を習って日本瓦の職人が造りましたが、レンガの焼成温度が低かったので、富岡製糸場のレンガは赤レンガではなくオレンジ色なのが特徴です。
富岡製糸場のレンガの積み方は「フランス積み」と呼ばれる積み方で、レンガの向きを長い面と短い面を交互に並べていきます。この積み方は美しく見える反面壊れやすく、日本では明治初期の建物で多く採用されていましたが、明治中期以降は、強固な「イギリス積み」が主流になっていきます。
富岡製糸場では、解説員によるガイドツアー(所要時間40分程度)を毎日定刻で行っています。また、自分のペースで自由に見学したい人は「音声ガイド」による解説もあります。「音声ガイド」は日本語、英語、フランス語、中国語、韓国語にも対応しています。
1872年建築の「繰糸所(そうしじょ)」は、繭から生糸を取る作業が行われました。長さ約140m、幅約12m、高さ約12mの当時としては巨大な建物です。小屋根には従来の日本にはなかった「トラス」と呼ばれる建築工法が用いられて建物の中央に柱のない大空間を確保することができました。繰糸所は国宝に指定されています。
富岡製糸場には繭を貯蔵する東西2つの繭倉庫があります。「東繭倉庫」は富岡製糸場の正門を入ってすぐのところにあります。アーチ中央のキーストーンには、「明治五年」と建物が完成した年号が刻まれています。約1年半の突貫工事で造られましたが、今でも当時のまま保存されていて内部も見学できます。東西2つの繭倉庫は国宝に指定されています
「東繭倉庫」の1階展示スペースには、復元された官営時代のフランス式繰糸器が展示されていて実演も行われています。(祝日を除く月曜日から金曜日、午前と午後)
創業時には繰糸所に300台の繰糸器が設置されて300人の工女が作業していました。
東繭倉庫では、1年を通してカイコの様子が観察できます。カイコはチョウと同じく、卵、幼虫、蛹、成虫という成長段階をもつ完全変態の昆虫です。カイコはクワの葉を食べて成長します。カイコの成虫が「ガ」です。
富岡製糸場の首長館(ブリュナ館)は、創業時に指導者として雇われていたフランス人ポール・ブリュナとその家族が暮らしていた住居です。木骨レンガ造りで高床、回廊式のベランダがあります。1873年に建設されました。国の重要文化財です。ブリュナが去った後、1880年からは工女の夜学校や工女の寄宿舎として使われました。内部は非公開です。