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道後温泉3000年の歴史のひとコマです!足を痛めた白鷺が岩場に流れる温泉に浸かって傷を癒やして飛び立って行きました!

道後溫泉3000年歷史的一隅!白鷺泡在流淌於岩石之間的溫泉中治好腿傷後翩然離去!

2021/02/11

 

位於愛媛縣松山市的道後溫泉是具有3000年歷史的日本最古老的溫泉。現在還流傳著的日本神話中提到,在很久以前的日本神話時代,諸神中的大國主命和少彥名命途徑伊予國(現在的愛媛縣)時,大國主命將病了的少彥名命放在掌心並將其泡進道後溫泉中,最終治愈了其傷病。此外,據說從神話時代到飛鳥·奈良時代(6世紀末到7世紀末)期間,以聖德太子為首,景行天皇、仲哀天皇、神功皇后、舒明天皇、齊明天皇、中大兄皇子、大海人皇子等眾多天皇及皇族都曾駕臨過此地。到了近代,這裡也受到了伊藤博文、夏目漱石、正岡子規、與謝野晶子、新渡戶稻造等文人政客的喜愛。

道後温泉には、「道後温泉本館」、「椿の湯」、別館「飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)」の3つの共同浴場があって日帰り入浴が楽しめます。

道後溫泉中有“道後溫泉本館”“椿之湯”及別館“飛鳥乃溫泉”3個公共浴池。非住店客人也能使用這些浴池設施,體驗道後溫泉的樂趣。

「道後温泉本館」は共同浴場で道後温泉の象徴的な建物です。愛称は「坊ちゃん湯」です。1895年、松山市の旧制松山中学校に英語教師として赴任した夏目漱石は毎日のように「道後温泉本館」に通いました。

公共浴池“道後溫泉本館”是道後溫泉的象征性建築。人們將其愛稱為“少爺湯”。1895年,就任松山市舊製松山中學英語教師的夏目漱石幾乎每天都會到“道後溫泉本館”泡湯。

夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中では「住田の温泉」として描かれています。「道後温泉本館」は国の重要文化財に指定されていて、『ミシュラングリーンガイド』の2つ星にも選ばれています。

夏目漱石的小說《少爺》中的“住田的溫泉”就是以道後溫泉本館為原型來描寫的。“道後溫泉本館”被指定為了日本國家重要文化遺產,也被選入了《米其林綠色指南》2星景點。

道後温泉の起源のひとつ、足を怪我した白鷺が毎日温泉に浸かって傷を治したという「白鷺伝説」が伝承されています。白鷺は道後温泉のシンボルとしていろいろなところで見ることができます。一番有名なのは「道後温泉本館」の塔屋「振鷺閣(しんろかく)」の白鷲です。

腿部受傷的白鷺每天都來泡湯並最終治好了腿傷,這個代代流傳的“白鷺傳說”就是道後溫泉的起源之一。在這裡隨處都可以見到象征著道後溫泉的白鷺。其中最有名的要屬“道後溫泉本館”樓頂“振鷺閣”的白鷺。

596年、道後温泉に湯治に来た聖徳太子が霊妙な温泉に深く感動して碑を建てました。その碑を復元した石碑が「椿の湯」にあります。

596年來道後溫泉療養的聖德太子感慨於溫泉的神奇,為此特意樹立了一塊石碑。復原後的石碑就在“椿之湯”裡面。

「道後温泉本館」には日本で唯一の皇室専用の浴室「又新殿(ゆうしんでん)」があります。昭和天皇が来湯されました。一般の入浴はできませんが、6時から21時まで見学することができます。 別館「飛鳥乃湯泉」では「又新殿」が再現されていて、昔、高貴な人が入浴時に身に着けた「湯帳(ゆちょう)」と呼ばれる浴衣を着ての入浴体験ができます。1日8組限定です。

道後溫泉本館”裡有著日本唯一一個皇室專用的浴室“又新殿”。昭和天皇曾在此泡過湯。該浴室雖然不能向公眾開放使用,但在6點至21點的時間內可以進行參觀。

別館“飛鳥乃溫泉”中復刻了“又新殿”,在這裡可以穿著以前貴族們入浴時穿的被稱為“湯帳”的浴衣來進行泡湯體驗。該泡湯體驗每天限定接待8組客人。

道後温泉駅前の放生園には、「道後温泉本館」の「振鷺閣」をイメージした「坊っちゃんカラクリ時計」があります。毎日8時から22時まで1時間おきにカラクリが動き出して小説『坊っちゃん』のキャラクターが登場します。時計台の隣には道後温泉の源泉を使った「足湯」もあります。

道後溫泉車站前面的放生園中有一個以“道後溫泉本館”的“振鷺閣”為原型創作出的“少爺機關報時鐘”。每天8點到22點之間,時鐘裡的機關每隔1個小時就會啟動1次,機關啟動時小說《少爺》中的人物就會出現。鐘樓旁邊也有使用了道後溫泉水源的“足湯(足浴)”。

夏目漱石の小説『坊っちゃん』の中で、当時の伊予鉄道の蒸気機関車が「マッチ箱のような汽車」として登場しています。主人公の坊っちゃんが四国・松山の中学校に赴任する時に乗車したので、「坊っちゃん列車」と呼ばれていました。2001年から松山市内をディーゼル機関車による「坊っちゃん列車」が運行しています。

夏目漱石的小說《少爺》當中作為“像火柴盒一樣的火車”登場的就是當時伊予鐵路的蒸汽機車。由於主人公少爺前往四國·松山的中學任教時乘坐了該火車,所以該火車被稱為“少爺列車”。2001年,內燃機車“少爺列車”開始在松山市內運行。

 

這篇文章的作者

どもども

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