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大江山(歌舞伎「土蜘蛛」)

異彩を放った鬼のオブジェが立ち並ぶ、大江山の「日本の鬼の交流博物館」で鬼伝説を学んできた!

2021/09/15

 

大江山(標高833m)は、丹後半島の付け根に位置していますが、大江山という単独の峰はありません。京都府与謝野町、福知山市、宮津市にまたがる山々(鍋塚、鳩ヶ峰、千丈ヶ嶽、赤石ヶ岳)の総称(大江山連峰)です。大江山は、上古から鬼の棲み処として知られ、三つの鬼伝説が伝わっています。大江山の中腹には「鬼の里」として「日本の鬼の交流博物館」(京都府福知山市大江町)があります。天橋立から車で60分くらいのところです。また、大江山は雲海のスポットとしても知られています。

大江山の日子坐王の鬼伝説

大江山の鬼伝説の一つ目は、『古事記』にも記された、第9代・開化天皇の皇子「日子坐王(ひこいますのきみ)」の伝説です。この鬼は土蜘蛛と呼ばれ、鬼の首領である「陸耳御笠(くぐみみのみかさ)」を日子坐王が退治したという鬼伝説です。福知山市大江町と周辺地域には、この鬼伝説が由来の地名がたくさん伝わっています。

大江山の麻呂子皇子の白犬伝説

二つ目は、第31代・用明天皇の皇子で、聖徳太子の弟の「麻呂子(まろこ)親王」が、英胡(えいこ)・軽足(あしがる)・土熊(つちくま)という三鬼を退治した伝説です。この鬼伝説には、神仏の加護により首に鏡を掛けた白犬が現れて、その鏡で隠れている三鬼を見つけ出したり、また、鬼退治の際に麻呂子皇子が伊勢神宮から内宮と外宮を勧請したり、その報賽として七ヶ寺を寄進したりなど、たくさんのエピソードが伝わっています。

酒呑童子と源頼光の伝説

三つ目は、『御伽草子』で広く知られるようになった鬼伝説で、能や歌舞伎の演目にもなっている「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の伝説です。酒呑童子は、大江山を棲み処にして都を脅かしていた鬼の首領です。第66代・一条天皇の時代、酒呑童子を退治するための勅命が下されて、源頼光とその四天王、そして藤原保昌は、山伏姿に変装して大江山に登り、山伏と偽って酒呑童子の饗応を受けます。源頼光は、酒呑童子を安心させたのち、神から授かった毒酒(神便鬼毒酒)を飲ませ、体が動かなくなったところを押さ込み、酒呑童子を斬首したという伝説です。酒呑童子は、斬首された後でも源頼光の兜に噛み付いていたと伝えられています。

大江山(酒呑童子の出生伝承)

ちなみに、酒呑童子は、母の胎内で三年間過ごしていて、産まれながらにして歯と髪が生え揃い、すぐに歩くことができて、話しすることもできたと伝えられています、また、子供の頃から大酒飲みで、見た目も子供のようだったので、配下の鬼から酒呑童子と呼ばれるようになったとも伝えられています。

大江山の酒呑童子が鬼になった経緯

鬼になった経緯については、酒呑童子は、絶世の美少年だったので、たくさんの女性から恋文をもらいましたが、もらった恋文を読まないですべて焼き捨てたところ、立ち込めた煙が女性たちの怨念に変わって鬼になったという言い伝えや、比叡山の稚児として入った酒呑童子が、祭礼の時にかぶった鬼面が顔に吸い付いて取れなくなり、そのまま鬼になってしまったなど、いくつかの言い伝えが残っています。

日本の鬼の交流博物館

大江山の中腹(福知山市大江町)には、「日本の鬼の交流博物館」があります。日本国内はもとより世界各地から集められた鬼の資料が展示されていて、鬼のことなら何でもわかる博物館です。前庭には、「平成の大鬼」と呼ばれる高さ5mの巨大な鬼瓦が睨みを利かせています。

大江山の鬼のオブジェ

「日本の鬼の交流博物館」から鬼嶽稲荷神社の周辺には、斬新な鬼のオブジェや「鬼の足跡」「頼光の腰掛石」などの鬼にまつわる遺跡が点在しています。

大江山の雲海

晩秋の大江山は、美しい雲海のスポットとして知られています。11月から12月にかけて、前日夜との寒暖差が大きくなる早朝に空気が冷やされると雲海が発生します。絶景ポイントは、大江山の8合目に鎮座する鬼嶽稲荷(おにたけいなり)神社です。

 

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どもども

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