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佐渡島(北前船)千石船

佐渡島でたらい舟を漕いで宿根木の三角家を見た後は、巨大な千石船とノスタルジックな雰囲気が漂う小木民俗博物館へ行ってみよう!

2019/04/29

 

新潟県佐渡島の南端にある小さな集落・宿根木は「千石船の里」と呼ばれています。中世から宿根木は海運業や造船業に携わる人が多く暮らしていて、江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地となり、海運造船産業の基地として繁栄しました。

北前船・西廻り航路の図

北前船とは、北海道から日本海、下関を経由して瀬戸内海、大阪を結んだ航路を行き来する商船で、船の形から「弁才(べざい)船」(日本型の帆船)といわれ、俗称として「千石船」と呼ばれていました。

弁才船は、運賃をもらって荷物を運ぶのではなく、船主自身が商品を買って、各地の港で商品を売り買いしながら利益を上げていました。大阪からは米、塩、酒、古着、日用品などを仕入れて、途中売り買いしながら北海道へ運び,北海道からはニシン、サケ、昆布などの海産物を仕入れて、同じく各地の港で売り買いしながら大阪へ運びました。

佐渡金山(道遊の割戸)

佐渡での北前船の役割は、佐渡金山の鉱山都市への物資補給、特に米の供給が最大の目的でした。当時、佐渡島の人口は10万人を超えていました。18世紀の中旬まで、金の島外流出を防ぐために佐渡産品の島外への運び出しはできなかったのですが、解禁後は、当時、稲作ができなかった北海道向けに藁製品や竹を出荷するようになりました。

佐渡おけさ

また、北前船は、佐渡島へさまざまな文化も運んでいます。例えば、九州発祥の「ハンヤ節」は佐渡に入ってくると「佐渡おけさ」になりました。そして、佐渡島がある新潟県は東日本の地域に属していますが、佐渡島の言葉や食文化は西日本の影響をたくさん受けています。

佐渡国小木民族博物館(千石船展示館)北前船「白山丸」

宿根木にある佐渡国小木民族博物館には千石船「白山丸」が展示されています。「白山丸」は、1859年に宿根木で建造された千石船の当時の設計図をもとに忠実に復元したものです。白山丸の船内にも入れます。全長は23.75m、全幅7.24m、帆は21反(268㎡)、積石数512石(約77t)です。

厳密にいえば、白山丸は千石船(150t)ではなく五百石船(75t)ですが、江戸時代後期に弁才船の大型化が進むと、北前船といえば、積石数に関係なく千石船と呼ばれるようになりました。

佐渡国小木民俗博物館(宿根木小学校)

佐渡国小木民俗博物館は、大正時代(1916年)に建てられた旧・宿根木小学校の木造校舎をそのまま利用した博物館です。館内はノスタルジックな雰囲気が漂っていて、3年生の教室は廃校当時のまま残されています。実物大・千石船「白山丸」の展示のほか、小木地区の住民が持ち寄った漁具や農具など、民俗資料が3万点余りも展示されていて、そのうち「南佐渡の漁撈用具」1293点、「船大工道具」1034点は国の重要有形民俗文化時に指定されています。

宿根木(佐渡国小木民俗博物館)大珍宝神輿

千石船「白山丸」の横には、男性器を擬した「十上(とがみ)大珍宝」のミニ模型が展示されています。大珍宝は宿根木の十上(とがみ)山麓のご神体です。「白山丸まつり」では、巨大なご神体を担いで大珍宝神輿が行なわれます。

宿根木(佐渡国小木民俗博物館)白山丸まつり 

毎年7月最終の土曜日、日曜日に「白山丸まつり」が行われます。島民や観光客など大勢の人が協力して展示館から千石船を人力で曳き出し、160畳の大きさの帆を張って展示します。希望者は帆揚げの体験もできます。「白山丸まつり」の当日では、郷土芸能の「ちとちんとん」や「鬼太鼓」のほか、「大珍宝神輿」も行われます。

※2018年から、白山丸まつりの開催が未定になっています。

 

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どもども

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