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とっておきの島、隠岐島!日本海の島なのに日本海の島じゃないみたいな島根県の美しい島、隠岐島!(ローソク島)

とっておきの島、隠岐島!日本海の島なのに日本海の島じゃないみたいな島根県の美しい島、隠岐島!

2021/02/15

 

隠岐島は、島根県北東の日本海沖に浮かぶ有人の4つの島と180余りの無人の島からなり、島根半島の沖合約40㎞から80㎞に位置しています。知夫里島(知夫村)・中ノ島(海士町)・西ノ島(西ノ島町)を島前(どうぜん)、隠岐島で一番大きい島(隠岐の島町)を島後(どうご)と呼んでいます。

水木しげるロード 隠岐島 鬼太郎フェリー

隠岐島の船のアクセスは、七類港(島根県)と境港(鳥取県)から隠岐汽船が出航しています。隠岐島(島後)は、『ゲゲゲの鬼太郎』で有名な漫画家・水木しげる先生のルーツがある島で、鳥取県境港市の「水木しげるロード」の延長プロジェクトによって、鬼太郎のイラストがペイントされた「鬼太郎フェリー」が就航しています。隠岐島(島後)には、水木しげる先生や「鬼太郎」をはじめ、たくさんの妖怪のオブジェが置かれています。

隠岐島の歴史はとても古いです。日本神話に出てくる日本の古称は「八洲(やしま)」と呼ばれていて、『古事記』では、本州・九州・四国・淡路島・壱岐島・対馬島・隠岐島・佐渡島の「八つの島(八つの国)」の総称とされています。隠岐島は神代の昔から八洲を構成する重要な島、重要な国でした。また、隠岐島は古くから貴人や貴族の流刑の地だったので、豊かな文化が伝えられています。

隠岐島の歴史はとても古いです。日本神話に出てくる日本の古称は「八洲(やしま)」と呼ばれていて、『古事記』では、本州・九州・四国・淡路島・壱岐島・対馬島・隠岐島・佐渡島の「八つの島(八つの国)」の総称とされています。隠岐島は神代の昔から八洲を構成する重要な島、重要な国でした。また、隠岐島は古くから貴人や貴族の流刑の地だったので、豊かな文化が伝えられています。

「知夫里島」で一番高い山が赤ハゲ山です。山頂にある赤ハゲ山展望台からは日本海、隠岐の島々、カルデラの湾など、360度見渡すことができます。赤ハゲ山展望台は隠岐島の中で島前・島後の4島を一度に見渡すことができる唯一の展望台です。また、赤ハゲ山にはたくさんの牛が放牧されています。

「知夫里島」で一番高い山が赤ハゲ山です。山頂にある赤ハゲ山展望台からは日本海、隠岐の島々、カルデラの湾など、360度見渡すことができます。赤ハゲ山展望台は隠岐島の中で島前・島後の4島を一度に見渡すことができる唯一の展望台です。また、赤ハゲ山にはたくさんの牛が放牧されています。

「知夫里島」の西海岸には約1kmにわたって高さ50mから200mの赤、黄、茶など、鮮やかな色の断崖が見られます。国の天然記念物に指定されていて、名勝「赤壁」として知られています。展望台のほか遊覧船からも見ることができます。

「知夫里島」の西海岸には約1kmにわたって高さ50mから200mの赤、黄、茶など、鮮やかな色の断崖が見られます。国の天然記念物に指定されていて、名勝「赤壁」として知られています。展望台のほか遊覧船からも見ることができます。

「中ノ島」の菱浦港より海中展望船「あまんぼう」が運航しています。出港後、しばらくして見えてくるのが三郎岩です。大きな岩から太郎、次郎、三郎と呼ばれています。

「中ノ島」の菱浦港より海中展望船「あまんぼう」が運航しています。出港後、しばらくして見えてくるのが三郎岩です。大きな岩から太郎、次郎、三郎と呼ばれています。

三郎岩の周辺で「あまんぼう」の船底に降りて、海中展望席から海の中を泳ぐ魚の群れを観察します。菱浦港から三郎岩の往復約50分のコースです。

三郎岩の周辺で「あまんぼう」の船底に降りて、海中展望席から海の中を泳ぐ魚の群れを観察します。菱浦港から三郎岩の往復約50分のコースです。

1221年の承久の乱により隠岐島へ配流になった後鳥羽上皇は、在島19年後の1240年、60歳で崩御されました。「中ノ島」には宮内庁が管理する「後鳥羽上皇御火葬塚」があります。周辺には後鳥羽上皇にまつわる資料館があります。

1221年の承久の乱により隠岐島へ配流になった後鳥羽上皇は、在島19年後の1240年、60歳で崩御されました。「中ノ島」には宮内庁が管理する「後鳥羽上皇御火葬塚」があります。周辺には後鳥羽上皇にまつわる資料館があります。

「西ノ島」の北西部に位置する「国賀海岸(くにがかいがん)」は、約13kmにわたって大規模な海蝕崖が連続していて、多くの奇岩も見られる隠岐島を代表する景勝地になっています。特に高さ257mの「摩天崖(まてんがい)」と呼ばれる急峻な断崖は日本最大級の海蝕崖です。国の名勝・国の天然記念物にも指定されています。断崖の頂上部は一帯が牧草地になっていて牛馬がのんびり草を食べています。

「西ノ島」の北西部に位置する「国賀海岸(くにがかいがん)」は、約13kmにわたって大規模な海蝕崖が連続していて、多くの奇岩も見られる隠岐島を代表する景勝地になっています。特に高さ257mの「摩天崖(まてんがい)」と呼ばれる急峻な断崖は日本最大級の海蝕崖です。国の名勝・国の天然記念物にも指定されています。断崖の頂上部は一帯が牧草地になっていて牛馬がのんびり草を食べています。

国賀海岸の雄大な景観を楽しみたいのなら摩天崖から国賀浜までの「摩天崖遊歩道」がおすすめです。遊歩道の長さ約2.3km高低差約250mの遊歩道です。所要時間は片道約60分程度です。牛馬の間を抜けて草地を下りながら途中で摩天崖や通天橋(つうてんきょう)を一望することができます。

国賀海岸の雄大な景観を楽しみたいのなら摩天崖から国賀浜までの「摩天崖遊歩道」がおすすめです。遊歩道の長さ約2.3km高低差約250mの遊歩道です。所要時間は片道約60分程度です。牛馬の間を抜けて草地を下りながら途中で摩天崖や通天橋(つうてんきょう)を一望することができます。

「通天橋」は日本海の荒波が造り出した岩の橋です。岩の中央部が海蝕によってえぐられてできました。遊覧船からも眺めることができます。

「通天橋」は日本海の荒波が造り出した岩の橋です。岩の中央部が海蝕によってえぐられてできました。遊覧船からも眺めることができます。

国賀海岸の「明暗の岩屋(あけくれのいわや)」と呼ばれる洞窟は、全長250mの自然が造り出した天然のトンネルです。遊覧船で通り抜けすることもできますが、洞窟の入り口は遊覧船とほぼ同じ幅なので、風や波の状態によっては通り抜けできないこともあります。

国賀海岸の「明暗の岩屋(あけくれのいわや)」と呼ばれる洞窟は、全長250mの自然が造り出した天然のトンネルです。遊覧船で通り抜けすることもできますが、洞窟の入り口は遊覧船とほぼ同じ幅なので、風や波の状態によっては通り抜けできないこともあります。

島後には「日本の滝百選」「日本名水百選」にも選ばれている「壇鏡の滝(だんぎょうのたき)」があります。屏風のような岩壁に壇鏡神社があって、壇鏡神社の両側には落差約40mの2つの滝が流れています。向かって右側が雄滝、左側が雌滝で、社殿の横を通って雄滝の裏側から滝を見ることができる「裏見の滝」になっています。

島後には「日本の滝百選」「日本名水百選」にも選ばれている「壇鏡の滝(だんぎょうのたき)」があります。屏風のような岩壁に壇鏡神社があって、壇鏡神社の両側には落差約40mの2つの滝が流れています。向かって右側が雄滝、左側が雌滝で、社殿の横を通って雄滝の裏側から滝を見ることができる「裏見の滝」になっています。

島後の玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)には島根県で一番大きい杉の大木があります。樹高30m、根元の周囲約20m、樹齢は 2000年を超えるといわれていて、国の天然記念物にも指定されています。その昔、若狭の国(現在の福井県)から来た尼僧が参拝の記念に杉を植えて、800年後の再訪を約束したことから八百杉(やおすぎ)と呼ばれています。

島後の玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)には島根県で一番大きい杉の大木があります。樹高30m、根元の周囲約20m、樹齢は 2000年を超えるといわれていて、国の天然記念物にも指定されています。その昔、若狭の国(現在の福井県)から来た尼僧が参拝の記念に杉を植えて、800年後の再訪を約束したことから八百杉(やおすぎ)と呼ばれています。

「玉若酢命神社」や同じく島後にある「水若酢神社(みずわかすじんじゃ)」の本殿は、「隠岐造り」と呼ばれる隠岐島独特の建築様式で建てられています。国の重要文化財に指定されています。この建築様式は神社建築と住宅建築の2つに分けられます。

「玉若酢命神社」や同じく島後にある「水若酢神社(みずわかすじんじゃ)」の本殿は、「隠岐造り」と呼ばれる隠岐島独特の建築様式で建てられています。国の重要文化財に指定されています。この建築様式は神社建築と住宅建築の2つに分けられます。

島後の佐々木家住宅は「隠岐造り」の代表的な木造住宅です。杉皮葺き石置き屋根で、身分の違いや用途によって使い分けられる玄関が3つあるのが最大の特徴です。建物内や展示物の見学ができます。国の重要文化財に指定されています。

島後の佐々木家住宅は「隠岐造り」の代表的な木造住宅です。杉皮葺き石置き屋根で、身分の違いや用途によって使い分けられる玄関が3つあるのが最大の特徴です。建物内や展示物の見学ができます。国の重要文化財に指定されています。

「牛突き」と呼ばれる隠岐島で行われる闘牛は800年の歴史があります。1221年、隠岐島へ配流となった後鳥羽上皇を慰めるために島の人々が始めたのが起源といわれています。毎年9月に行われる壇鏡神社の例祭のほか、年に3回行われる本場所大会では、一方の牛が逃げ出すまで勝負が続きます。また、観光用の牛突きが定期的に「隠岐モーモードーム」で行われています。観光牛突きは勝負をつけないで引き分けにします。

「牛突き」と呼ばれる隠岐島で行われる闘牛は800年の歴史があります。1221年、隠岐島へ配流となった後鳥羽上皇を慰めるために島の人々が始めたのが起源といわれています。毎年9月に行われる壇鏡神社の例祭のほか、年に3回行われる本場所大会では、一方の牛が逃げ出すまで勝負が続きます。また、観光用の牛突きが定期的に「隠岐モーモードーム」で行われています。観光牛突きは勝負をつけないで引き分けにします。

島後の北西の沖合に高さ約20mの奇岩「ローソク島」があります。島の頂部に夕日が重なると、まるで火が灯っている巨大なローソクに見えます。ローソク島は島後の「ローソク島展望台」からも見ることができますが、ローソクに火が灯るようなロケーションは遊覧船からしか見ることができません。

島後の北西の沖合に高さ約20mの奇岩「ローソク島」があります。島の頂部に夕日が重なると、まるで火が灯っている巨大なローソクに見えます。ローソク島は島後の「ローソク島展望台」からも見ることができますが、ローソクに火が灯るようなロケーションは遊覧船からしか見ることができません。

 

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どもども

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