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ハニベ巌窟院(ハニベ大仏)のイラスト

集客に悩む経営者はハニベ巌窟院へ行きなさい!世界平和を祈る真面目な寺院から珍スポット施設に変えてしまった二代目院主のビジネスセンス!

2021/11/28

 

石川県小松市にある「ハニベ巌窟院」は、巨大な大仏の頭と洞窟内の地獄めぐりが有名な洞窟寺院です。1951年から親子二代の彫塑家(塑像を作る彫刻家)が独特な世界観で作り上げました。洞窟そのものは、江戸時代の貴重な石切場だったこともあって、文化庁の「日本遺産」にも認定されています。洞窟の長さは約150mあります。洞窟内には、仏の世界やさまざまな地獄が表現された本格的な仏像からシュールでアバンギャルドなオブジェまで、たくさんの塑像が展示されています。ハニベ巌窟院は、水子供養する寺院ですが、さながら仏教のテーマパークのようです。

ハニベの由来(埴輪と古墳)のイラスト

「ハニベ」とは、埴輪(はにわ)を作る人の古い呼び名で、現在でいえば、石膏や粘土、金属で彫刻(塑像)を作る彫塑家のことです。埴輪は、人や動物、物の形をした古墳時代(4世紀から7世紀)の土製の焼き物です。古墳のまわりに並べられていました。

ハニベ巌窟院は、「彫塑家が作った洞窟の寺院」という意味です。

ハニベ大仏(ハニベ巌窟院)のイラスト

小松市中心部からハニベ巌窟院に向かって山の中を車で走っていると巨大な大仏の頭が見えてきます。この大仏は「ハニベ大仏」と呼ばれていて、1983年に建立された仏頭です。高さは15mあります。現時点では肩から上の部分しか完成していませんが、将来的には胴体部分を足して高さ33mの大仏として完成させる予定です。

ハニベ巌窟院(洞窟入口)のイラスト

ハニベ巌窟院を訪れるほとんどの観光客は、B級観光スポットとして訪れています。ハニベ巌窟院が珍スポット化してしまった要因は、ハニベ巌窟院の初代院主と二代目院主の作風や方向性の違いによるものです。

ハニベ巌窟院(地獄門)のイラスト

ハニベ巌窟院は、1951年に初代院主の都賀田勇馬(つがたゆうま)氏が、第二次世界大戦の犠牲者の霊を慰め、世界平和を願うために、自作の仏像を洞窟内に安置したのがはじまりです。初代院主は、「安宅の関」跡の弁慶・富樫の像を制作したり、日展*の審査員を務めたりした地元石川県では有名な彫刻家でした。

*日展(日本美術展覧会)は、明治時代(1907年)から続く日本最大の総合美術展覧会です。

ハニベ巌窟院(釈迦の誕生と乱用の罪)のイラスト

1981年に初代院主が亡くなると、息子の都賀田伯馬氏が二代目院主として跡を継ぎました。正統派な仏像を中心に制作した初代院主に対して、二代目院主は、さまざまな地獄の世界をオブジェで表現して、そのオブジェを見て回る洞窟内の「地獄めぐり」をはじめました。

ハニベ巌窟院(鬼の食事)のイラスト

1990年代後半から2000年代のはじめにかけて、二代目院主による時事ネタを扱った「ノーパンしゃぶしゃぶ*地獄」「学歴詐称*地獄」「セクハラ*地獄」などの「風刺地獄」が展示されるようになると、ハニベ巌窟院のカオスは最高潮に達しました。この頃からハニベ巌窟院には、全国の珍スポット愛好家が続々と訪れるようになって、B級観光スポットとしての不動の地位を確立していきました。

ハニベ巌窟院の風刺地獄(ノーパンしゃぶしゃぶ)のイラスト

現在では二代目院主が表舞台に登場するようなことはなくなりましたが、二代目院主が制作した未完成のハニベ大仏やたくさんの地獄オブジェをひと目見ようと毎年たくさんの珍スポット愛好家が訪れています。(現在、究極の「風刺地獄」のオブジェは二代目院主の都合により撤去されています)

*高級官僚がノーパンしゃぶしゃぶ料理店で接待を受けていた問題。ノーパンしゃぶしゃぶとは、ミニスカート姿の下着を穿いていない女性店員が接客するエンターテイメントしゃぶしゃぶ料理店のこと。

*野球監督の夫人が選挙に出馬した時に学歴詐称していたのではないかと疑惑が取り沙汰された問題。

*知事が選挙期間中に選挙カーの中で女性運動員にセクハラしていた問題。

 

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どもども

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