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意識していなければ通り過ぎるところだった!集落の中に「左 山形県」「右 新潟県」の県境があるという珍風景!山形県の鼠ヶ関から

2020/08/01

 

山形県鶴岡市に位置する「鼠ヶ関」は山形県と新潟県の県境にあります。古来より鼠ヶ関には、「蝦夷(えみし)」(朝廷から見て北方に住む人々の呼称)の侵入を防ぐための関所「念珠の関(ねずのせき)」が設けられていて、「白河の関(しらかわのせき)」(福島県白河市)、「勿来の関(なこそのせき)」(福島県いわき市)と並んで「奥羽三関」と呼ばれて重要視されていました。また、鼠ヶ関には、平安時代(12世紀)末期、兄の源頼朝から追われた源義経が「笹川流れ」(新潟県村上市の海岸)から舟に乗って鼠ヶ関に上陸したという「義経伝説」が残っています。

歌舞伎の『勧進帳』では、加賀(現在の石川県)の「安宅の関(あたかのせき)」で弁慶は勧進帳を読み上げますが、義経一行と見破られて、弁慶はとっさに錫杖で何度も義経を叩き、関守の富樫左衛門の同情によって関所を通過できたことになっています。

しかし、鼠ヶ関の「義経伝説」では、『勧進帳』は「念珠の関」の出来事だったと伝えられています。ちなみに、山形県鶴岡市から新潟県村上市の周辺には関守と同じ富樫姓の人が多くいます。

山形県鶴岡市の「鼠ヶ関」と新潟県村上市の「伊呉野(いぐれの)」の二つの集落は、一つの集落のようにつながっていて、家並みに沿って県境が入り組んでいるので、まるで集落の中に県境があるように感じてしまいます。すぐ近くには「古代鼠ヶ関址」の石碑が建っています。

明治時代に廃止された関所址は「近世念珠関址」と呼ばれています。庄内藩主の酒井氏が江戸時代以降に「古代鼠ヶ関」から移しました。

「念珠の松」は樹齢約400年で盆栽の松を地植えしたものと伝えられています。

弁天島にある「鼠ヶ関灯台」は、日本ロマンチスト協会による「恋人の聖地」として認定されている灯台です。周囲は遊歩道が整備されています。夕日がとても綺麗です。

 

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どもども

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