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日本を代表する民謡「佐渡おけさ」のルーツが知りたい人は他にいませんか?

2019/12/10

 

新潟県佐渡島には、日本を代表する「佐渡おけさ」という江戸時代から伝わる民謡がありますが、「佐渡おけさ」と呼ばれるようになったのは大正時代の終わり頃からです。

北前船 西回り航路

「佐渡おけさ」は、熊本県の「牛深ハイヤ節」が元になっています。江戸時代に日本海側の各港を立ち寄りながら、大阪から北海道まで物資を運んでいた北前船の船乗りたちによって酒盛りの席で謡われた「ハイヤ節」が、佐渡島にも伝わりました。

佐渡おけさ 小木港 お座敷踊り 相川おけさ

佐渡金山で採掘された金銀の積出港として開かれた小木港は、北前船の寄港地の1つで、船乗りたちによって謡われたハイヤ節は「おけさ節」と呼ばれるようになり、小木の芸妓たちは「おけさ節」にあわせて、お座敷の踊りとして振り付けするようになりました。その後、相川金山(通称:佐渡金山)にも伝わって、鉱夫たちの作業唄として謡われるようになると、現在のような哀愁漂うメロディーになりました。

「佐渡おけさ」はもともと「相川おけさ」と呼ばれていましたが、大正時代に佐渡島の民謡保存会が「相川おけさ」を日本全国に広めるために、「佐渡おけさ」と命名して日本各地をはじめ、南樺太、朝鮮半島、台湾、満州など海外公演も行いました。「佐渡おけさ」は、今や日本の代表的な民謡として知られるようになりました。

佐渡おけさ おけさ伝説 蕎麦屋 おけさ踊り

佐渡島には、「佐渡おけさ」にまつわるたくさんの「おけさ伝説」が伝承されていますが、その中でも代表的な伝説によれば、小木のそば屋の老夫婦によって飼い猫が大事に育てられていて、商売敵が増えてそば屋が流行らなくなった時に、飼い猫が「おけさ」という美しい人間の娘に化けて、店先で唄や踊りでお客さんを呼び込んでいたので、そば屋が大繁盛したという話が残っています。その後、この美しい娘が謡った唄や踊りを「おけさ」と呼ばれるようになって、これが「おけさ節」の由来といわれています。

 

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どもども

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